2023.4.14
皆様、こんにちは「テ・バサキ」です。
日々暑いくらいの日も増えてきて、どこかに旅行に行きたくなる季節ですね。。。。
弊社では、各地のおすすめ旅行を絶賛販売中です。さまざまなツアーがございますので、気になる方は是非弊社ホームページを除いてみてください。よろしくお願いします。
それでは、今回も福岡県のまだあまり知られていない観光地を取り上げてご紹介したいと思います。
今回も、前回に続き、お茶の産地としては非常に有名な、「八女」と福岡県の南部の「筑後」エリアを取り上げます。
この地域での宿泊施設のご紹介です。
まず一つは、「クラフトイン手」です。

この「クラフトイン手」は、「手仕事を体感し、手仕事を体験する宿」、がコンセプトで、現代の暮らしに合わせて再編集した九州の手仕事を体感する宿です。
客室もご覧のように、木のぬくもりが感じられ、ゆっくりとお過ごし頂けそうなお宿ですね。
そして、もう一つは、「ニッポニア八女福島商家町」です。

こちらは、日本全国で31か所ある、宿泊施設です。
先ほどの「クラフトイン手」と同様に、日本的で、温かい木のぬくもりの感じられる、落ち着いた時間を過ごせる宿泊施設です。たまにはこのような宿泊施設で、時間を忘れてゆっくり過ごすのもいいですね。
次に、夕食のおすすめ施設の「べんがら村」です。

こちらは、昨年4月にリニューアルオープンして、非常にきれいな施設になりました。
こちらでは、食事が楽しめるだけでなく、ここにはブルワリーも備えられており、クラフトビールも醸造しており出来立てのビールも楽しめる施設となっております。
さらに、天然温泉を楽しめる施設もあるので、家族でゆっくりと楽しめる施設となっています。
アルコール飲み放題付きのコースメニューもおひとり様4000円からとお手軽に、食事とアルコールを存分に楽しめる内容で、食事もどれも大変おいしかったので非常におすすめです。

次に、八女、といえばやはりお茶ですよね。
「矢部屋許斐本家(やべやこのみほんけ)」は、江戸宝永年間(1704~1710) 当時久留米藩上妻郡福島町に茶を含む山産物商「矢部屋」に始まり、幕末に長崎にて茶貿易が旺盛になると慶応元年(1865)現在地へ移り、茶に特化した専門問屋を開き、以降、当地の茶の特徴を活かし技術改良に心血を注ぎ、明治時代には初代久吉が良質の茶を見出し「八女茶」の名を付けました。よって八女茶の名付け親ともいわれているお茶屋さんです。

今回のご紹介は、ここまでとさせていただきます。
次回は後編としてご紹介させて頂きます。
ご覧いただきましてありがとうございました。
2023.3.3
皆様、こんにちは「テ・バサキ」です。
早いものでもう3月に入りました、、、、
徐々に暖かな日も増えてきて、どこかに旅行に行きたくなる季節ですね。。。。
弊社では、春のおすすめ旅行を絶賛販売中です。北は北海道の世界遺産知床をめぐるツアーから、東北は、青森 津軽&下北半島をめぐるツアー、東京で本場の歌舞伎を観賞するツアーや今年の大河ドラマ徳川家康のゆかりの地の一つの京都二条城や姫路城、絶景のしまなみ海道などをめぐるツアーなどなどさまざまなツアーがございますので、気になる方は是非チェックよろしくお願いします。 少々宣伝が長くなりましてすみません、、、、
それでは、今回も福岡県のまだあまり知られていない観光地を取り上げてご紹介したいと思います。
第2弾の今回は、お茶の産地としては非常に有名な、「八女」と福岡県の南部の「筑後」エリアを取り上げます。
紹介する地域の一般的な情報ですが、
八女市:福岡市から南に約50kmに位置し、北は久留米市、西は筑後市、南は熊本県、東は大分県に隣接しております。八女茶や電照菊、いちごなどの全国ブランドの農産物をはじめ、手すき和紙、仏壇、提灯などの伝統工芸品の産地でもあります。
筑後市:筑後平野の中央に位置する田園都市。「温暖な気候と肥沃な土地、恵まれた水を利用して、ぜんこくでもトップクラスの農業先進地。福岡ソフトバンクホークスとの包括連携協定を結んでおり、2016年に「HAWKSベースボールパーク筑後」として、ホークスの二軍、三軍の球場などの施設がオープンしました。
広川町:八女市と筑後市に挟まれた場所に位置する。久留米絣や八女すだれなどの伝統工芸品や、一年を通じ様々な果物が実るくだものの里。
まずは、広川町産業展示会館で着物着付け体験からスタート。ここで着物を着て観光地を巡ることが出来ます。

最初の観光スポットですが、恋木神社(こいのきじんじゃ)です。
水田天満宮の末社として建立当初(鎌倉時代)より鎮座し、御祭神は「恋命」を祀り、全国でも珍しく恋木神社は一社のみ。恋木の木は東意味し、菅原道真公が大宰府で生涯を終えるまで、都の天皇・妻子を思う御心をせめて御霊魂だけは慰めようと祀られたといわれている。「良縁幸福の神様」、「恋の神様」として親しまれており「恋みくじ」をはじめ「恋木絵馬」「ハート陶板守」など、御神紋であるハートが施されている。

続いては体験スポットです。
池田絣(いけだかすり)工房にて、ハンカチの藍染体験です。


ハンカチ染は比較的簡単で、金額も500円程度から体験が可能で、自分で染めたハンカチはもちろん持ち帰ることが出来るのでいい記念になります。
次に、溝口竈門神社(みぞぐちかまどじんじゃ)です。あの大人気アニメ「鬼滅の刃」の聖地として注目を浴びています。御祭神は玉依姫命、その左右に春日大明神・住吉大明神を祀っています。1014年に筑前国竈門山(現在の大宰府市)より勧請され、当時溝口300戸の氏神として祀られていた。溝口地区の南西にあったが、南北朝時代に入りこの地にあったとされる溝口城の北東(鬼門)に当たる現在地へ移された。良縁の神様で縁結びのご利益があると言われています。


次に、八女福島白壁の町並みの散策です。
ここは是非、着物着付け体験を利用して着物で散策してもらいたいエリアです。

このエリアは、まだまだ続きますので、今回のご紹介は、八女筑後エリア前編はこの辺で終わらせて頂きます。
次は、八女筑後エリア中編、その後後編と3部作でご紹介させて頂きます。
ご覧いただきましてありがとうございました。
2022.12.1
皆様、こんにちは「テ・バサキ」です。
いよいよ今年もあと1か月ほどとなり、例年ではそろそろコートやダウンで防寒対策が必要となるような時期ですが、私の住んでいる福岡では数日前にはなんとまさかの25℃超えの夏日、ちょっと驚きの気候ですが、全国旅行支援を利用されてお出かけされている方も多くいらっしゃると思いますので、旅行には最適の気候かと思います。但し、さすがにそろそろ寒くなると思いますので、しっかり寒さ対策、コロナ対策、インフル対策をしていきたいところですね。
その全国旅行支援も一旦は12月27日まで円著となり、年明けも継続して行われる方向となり、またコロナの治療薬が承認となりましたので、残念ながらコロナはなくなることはないでしょうが、インフルエンザと同じように仮に感染しても重症化せずに治せる病となりつつありますので、長かったですが、ようやく出口が見えてきたような感じがしております。
さて、前置きが長くなりましたが、今回から6回シリーズで、福岡のまだほとんど知られていないけど魅力のある観光スポットを、エリアごとに紹介していこうと思います。
第1回の今回は、福岡県の一番北にある「筑前玄海エリア」です。
この筑前玄海エリアは、福岡市と北九州市の中間に位置し交通の便の良いエリアです。
日本屈指の漁場である玄界灘が育んだイカが有名な場所でもあります。イカといえば、佐賀県の「呼子(よぶこ)」じゃない、と言われる方も多いと思いますが、ここ玄海もイカの水揚げの多い地域です。現在このエリアでは、イカにスポットを当てて地域ブランド化に取り組んでいます。
昼食のおすすめは、「磯太郎」お昼のランチです。

イカ丼を中心にサラダ、小鉢、天ぷら、茶わん蒸し、デザートも付いています。
余談ですが、、、ここは元AKB48のメンバーだった大家志津香さんの実家です。
次に観光スポットですが、このエリアでは外せない「宮地嶽神社(みやじだけじんじゃ)」になります。
創建は約1700年前。全国にある宮地嶽神社の総本山です。
年2回、「光の路」と呼ばれる境内石段から玄界灘までまっすぐ伸びる参道の延長線上に夕日が沈むことで知られています。そしてこれが全国的に有名になったのは、某航空会社の嵐出演のCMです。

また、ここには3つの日本一があり、一つ目は、「大注連縄(おおしめなわ)」です。

大注連縄といえば、出雲大社が日本一では、という方もいるかもしれないですが、今のところはここ宮地嶽神社が日本一、ということになっているようです。
2つ目の日本一は、「大太鼓」です。

直径2.2mで、すべて日本国内で調達した材料で作られたものとしては日本一のサイズのようです。

重さ450kgの銅でできた大鈴です。
続いての観光スポットは、「かがみの海」です。
福岡県福津市には福間海岸、宮地浜、津屋崎海岸と約3kmに渡る遠浅の海岸があります。
この海岸では干潮時に砂浜が鏡のように空を反射して神秘的な光景があらわれます。
福岡の「ウユニ塩湖」とも呼ばれています。

上の写真のように写すのには条件や撮り方がありますので、なかなか難しいですが、「大潮×干潮×無風」がベストタイミングで、大きく潮が引いている時が良く、無風だとさらに「かがみ」度が増します。夕暮れ時と干潮時が重なると、夕陽が砂浜に映えてドラマチックに、日中に干潮時が重なると青空や雲が映えてポップな「かがみの海」になりやすいなど、季節や時間帯で多彩なバリエーションが生まれます。 天候や時間帯でも見え方が変わるので、WEB上で、予想カレンダーを検索して参考にして頂ければと思います。
続いての観光スポットは、「津屋崎千軒(つやざきせんげん)」です。
津屋崎は、江戸時代から昭和初期頃まで行われていた塩田の積出港として大いに栄え、その賑わいぶりは、家が千軒もひしめくようで、津屋崎千軒と呼ばれました。しかし残念ながら、江戸時代からの度重なる大火で、まちが何度も消失しましたが、現在も数軒が当時の面影を残しています。地域のシンボル的存在が「津屋崎千軒民俗館 藍の家」で、明治34年建築の染物屋の建物をギャラリーなどとして利用しています。今から20年ほど前に解体の話が持ち上がったのですが、地域の人々の熱心な保存活動に心打たれた持ち主の方のご厚意で、市が無償で譲り受けたものです。この界隈には老舗の商店もあります。 創業140年の酒蔵、薬局、うに店などがあり、いずれも歴史ある建物が現役で活躍しています。
この江戸時代からの古風な趣のある町並みを、ゆっくりと散策するのも風情があって楽しいと思います。

最後に、おまけですが、このエリアには福岡の有名なお菓子が格安で買える場所があります。
意外と知られていないのですが、『博多ぶらぶら』が有名な『博多菓匠左衛門』、『筑紫もち』で有名な『如水庵』、など規格外の商品がいわゆるアウトレット価格で買えるスポットになっています。
お得に購入できますので、たくさん買われる方は是非お勧めです。

以上、今回は、筑前玄海エリアをご紹介しました。
次回も第二弾として、福岡のまだあまり知られていない観光スポットを紹介していきたいと思っております。ご期待ください。
2022.10.14
皆様、こんにちは「テ・バサキ」です。
今週からようやく始まりました、全国旅行支援。。。。
待ちわびていた方も多いのではないでしょうか?旅行代金が40%割引!さらにクーポン券が1泊につき最大3000円!
弊社でも対象ツアーを随時発表して参りますので、折角の機会ですので是非ご利用ください。
コロナウイルスはゼロにはなりませんので、ご参加の際には基本的な対策をしっかりとして久しぶりの旅行を楽しんで頂きたいと思います。
さて、今回も私からは、引き続き盛り上がっている大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の静岡エリアでのゆかりの地をご紹介していきます。
【三嶋大社(みしまたいしゃ)】
伊豆国一宮であり、流人時代の頼朝が百日祈願に通ったと伝わります。蛭ヶ島(伊豆の国市)から三嶋大社の間にはこの祈願途上での逸話が数多く残されており、境内にも多くの頼朝ゆかりの場所があります。
鳥居をくぐってすぐ、参道右側にある石で囲われた松は、頼朝の百日祈願の際従っていた安達藤九郎盛長が警護していた跡と伝わる。頼朝の寄進により放生会が行われたという神池を過ぎ、総門をくぐった社務所前の地面には石が埋められています。頼朝が参詣の折、背後に現れた怪物を切りつけると刀傷を負った牛のような石が残っていた、という伝説を持つ牛石です。参道右側、神馬舎手前には頼朝・政子の腰掛石と呼ばれる二つの石が並んでいます。

【宗徳院(そうとくいん)】
頼朝が三嶋大社へ百日祈願に通う折この寺の地蔵菩薩にも祈願したと伝わります。門前の橋は頼朝の乗った馬が跪いてついたといわれる窪みがあったと言われますが、橋の架け替えや河川改修を経て今は残っておらず、駒爪の橋の名前だけが残っています。橋を渡ると頼朝が足痛の祈願をしたという祠があり、寺には年代不詳ではあるが頼朝像が安置されています。

【法華寺(ほっけじ)】
白鳳時代の大寺、大興寺が代用国分尼寺となって法華寺と寺号を改めたという由来を持つ寺。境内の墓地には頼朝が旗揚げの成功を祈念して心経を写経して奉納したと伝わる経塚があり、その上に地蔵尊を安置しています。本堂前には頼朝の腰掛石があり、頼朝が衣をかけたという松もあったが、約30年前に枯れ現在は残っていないようです。

【右内神社(うないじんじゃ)】
三嶋大社の守護神として、大社へ向かう下田街道の左右に左内神社とともに鎮座していました。頼朝が百日祈願の際たびたび立ち寄り参詣していたが、境内に手洗い水がないためなぎなたで参道傍らの地面を二、三度突いたところ水が湧き出したという伝説があります。境内には「頼朝公手洗水址」の碑と伝説を書いた看板が建てられています。

【願成寺(がんじょうじ)】
源頼朝の百日祈願の時に宿所となり、平家打倒の願いが成就した後に寺号を賜ったという寺伝を持っています。江戸時代、三嶋大社宮司矢田部家の帰依を受け、現在も社家一族の先祖供養を行っています。参道の両脇には山門の代わりに植えられたとも言われる樹齢300年以上の一対のクスノキが繁り、市の天然記念物に指定されています。

【心経寺(しんきょうじ)】
創建年代等は不詳だが、法相宗の寺であったものを頼朝の命によって真言宗に改め、寺号も神鏡寺と称するようになったと伝わります。応永22年(1415)に臨済宗に改宗し、寺号も心経寺に改め現在に至ります。永禄12年(1569)の北条氏と武田氏の戦いの際には北条氏の本陣が置かれました。門前の道は三島八小路のひとつである上小路です。

【対面石八幡神社(たいめんせきはちまんじんじゃ)】
富士川の合戦後、黄瀬川東岸に宿を置いた頼朝のもとに、生き別れであった弟義経がはせ参じて再会した場所と伝わる神社です。境内に対面石があるほか、頼朝を祀った白旗神社が鎮座しています。当時の黄瀬川は伊豆と駿河の国境でこの地は交通の要衝でした。『曽我物語』では頼朝と政子が黄瀬川の宿所で再会する場面が描かれています。

以上、今回も引き続き、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のゆかりの地のスポットの内静岡エリアのスポットをご紹介しました。ドラマは佳境に入ってきていますが、当ブログでは今回でこの「鎌倉殿の13人」のゆかりの地シリーズは一旦最終回とさせていただきます。
これまでご覧いただきありがとうございました。
次回からは、福岡のまだあまり知られていない観光スポットを紹介していきたいと思っております。ご期待ください。
2022.8.29
皆様、こんにちは「テ・バサキ」です。
お盆を過ぎてもまだまだ毎日暑い日が続きますが、お体大丈夫でしょうか??
今年の夏は行動制限は特にない3年ぶりの夏だったので、コロナ感染を気を付けながら、帰省された方、旅行に行かれた方も多かったのではないかと思います。
まだ感染も続いてますが、基本的な対策をしっかりとしながら、楽しむところは楽しんで行きたいところですね。
さて、今回も私からは、引き続き盛り上がっている大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の伊豆箱根エリアでのゆかりの地をご紹介していきます。
【箱根神社(はこねじんじゃ)】
鎌倉幕府を開いた武将・源頼朝が深く信仰していたことで知られ、また、境内には『安産杉』というご神木があり、政子の出産の際には頼朝は使いを箱根権現に走らせ安産祈願をさせています。現在も家内安全・交通安全・心願成就などのご利益がある運開きの神様として、国内外から厚い信仰を集めています。また、開運・縁結びのご利益があることから、近年は良縁を望む女性の参拝者も増えています。鎌倉時代には源頼朝に深く信仰されるようになり、毎年正月に箱根神社と伊豆山神社を参詣する 「二所詣」 (にしょもうで)の風習が生まれたそうです。

【伊豆山神社(いずやまじんじゃ)】
伊豆の地名の発祥地でもある伊豆山神社。
大河ドラマでは、頼朝挙兵の折、戦を避けるために政子、りく、実衣がここに預けられました。また、八重姫と頼朝の息子千鶴丸は、伊東祐親によってこの伊豆山権現に出家させたと八重姫に説明していましたが、八重姫がこの神社に訪れた際は、千鶴丸の墓と対面することになりました。第17話では木曽義仲の嫡男、市川染五郎さん演じる木曽義高を討とうとする頼朝から逃がすために伊豆山権現に脱出させようとするも討たれてしまうシーンが描かれていました。
源頼朝と北条政子が結ばれた場所であることから、縁結びの神社としても有名です。江戸時代には伊豆大権現と呼ばれ、徳川家康も参拝に訪れた歴史のある神社です。長い石段をのぼり境内へ上がると、熱海市街と海を見下ろすすばらしい眺望を楽しむこともできます。本殿から本宮社へは、遥拝所、白山神社、結明神本社を経て約1時間の道のり。ゆっくりと山道をのぼりながら参拝をするのもおすすめです。本殿より約800段下には走湯神社があり、湯の神様が祀られています。

【身替わり地蔵(みがわりじぞう)】
平安時代末期から鎌倉時代初期の武将―梶原景季(かげすえ)が人違いで襲われたときに、傍らにあったこの地蔵が身替わりとなり、命が助かったという言い伝えから「景季の身替わり地蔵」と呼ばれるようになりました。
梶原景季は『鎌倉殿の13人』で中村獅童さんが演じる梶原景時の嫡男で、第15話で柾木玲弥さんが演じ登場しました。上総広常を討とうとすごろくに誘う父景時にすごろくを渡すシーンでした。景季は宇治川の戦いで佐々木高綱と先陣争いをしたことが知られていますが描かれませんでした。人違いで襲われたと書きましたが、なんと人をおとしいれることが得意で嫌われまくっていた父景時に間違われたそうです。ドラマでもそのしたたかな嫌われ者ぶりが存分に描かれています。

【石橋山古戦場(いしばしやまこせんじょう)】
『石橋山古戦場』として、この石碑付近の山全体をそう呼びます。大河ドラマでは、ここに陣を敷いた頼朝は、北条軍と三浦軍で大場軍を挟み撃ちにするはずが、増水した酒匂川を三浦軍が渡れず、逆に伊藤軍に挟まれ敗戦するシーンが描かれています。
岡崎義実の息子、佐奈田与一とその郎党・文三家安がこの地で散り、それぞれを祀る「佐奈田霊社」「文三堂」と、「ねじり畑」が史跡としてあります。源頼朝は、この石橋山の戦いの10年後、1190年に伊豆山神社(権現)の参詣の帰りにこの地に立ち寄り、涙を流したと『吾妻鏡』に伝わります。佐奈田霊社は、咳、喘息などにご利益があるとされるお寺で、佐奈田与一が文三に助けを求めようとしたが声が出なかったという故事に由来しています。

【音無神社(おとなしじんじゃ)】
音無神社は、伊東市街の中央を流れる音無川(松川)の東岸に鎮座する古社です。
平治の乱後、源頼朝は伊豆国の蛭ヶ小島に流され、伊豆の北の小御所で暮らしていたと言われています。その際に出会ったのが、伊東祐親の娘・八重姫。
この音無の森は、若き源頼朝と八重姫の逢瀬の地とであったと言われています。

【産衣石(うぶぎいし)】
大河ドラマでは第1話でさっそく伊東祐親の命で殺害された、頼朝と八重姫の子、千鶴丸。川に流された千鶴丸は、この場所に流れ着いて、甚之右衛門という漁師に発見されたそうです。着衣から高貴な人物の子と感じた甚之右衛門は、石の上に遺体を乗せて着衣を乾かし、丁重に葬ったのだと伝えられています。後に、それを知った頼朝は、甚之右衛門に生川(うぶかわ)の姓と立派な茶器を与えたそうです。
産衣石は、伊東市富戸の宇根展望台にあります。

以上、今回も引き続き、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のゆかりの地のスポットの内伊豆箱根エリアのスポットをご紹介しました。
最後までご覧いただきありがとうございました。
2022.7.28
皆様、こんにちは「テ・バサキ」です。
毎日暑い日が続きますが、お体大丈夫でしょうか??
またここへ来てコロナ感染も再拡大となり、熱中症対策、コロナ対策と大変な日々が続きますが、幸いなのは重症化率が低いという点が救いかと思います。
それにより政府も行動制限は今のところしない、という方針のようですので、基本的な対策をしっかりとしながら、楽しむところは楽しんで行きたいところですね。
今回も私からは、引き続き年明けから盛り上がっている大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のゆかりの地の神奈川編第四弾となります。
【江島神社(えのしまじんじゃ)】
ドラマの主人公・北条義時一族の家紋は、三角形を重ねた「三つ鱗」。これは江島神社を起源とするものです。
江島神社は辺津宮、中津宮、奥津宮の総称で、三姉妹の海の女神(海の神、水の神、幸福・財宝を招き芸道上達の功徳を持つ神)を祀ります。
辺津宮の境内にある奉安殿には国の重要文化財に指定されている八臂弁財天や市指定重要文化財に指定されている妙音弁財天が安置されています。
鎌倉時代に書かれた『吾妻鏡』には、1182年に頼朝が藤原秀衡の調伏を文覚に命じ、江の島に戦いの神として弁財天を勧進したとあります。4月5日には時政ら家来を連れて島を訪れ鳥居を奉納。この鳥居は、同神社奥津宮にある石の鳥居と伝えられています。
室町時代に書かれた戦記『太平記』では、義時の父・時政が90年に子孫の繁栄を願い、江の島岩屋に籠った記録が残っています。祈願成就の日、夢の中に女神が現れ、龍となって海中へ姿を消した。時政は目覚めた際に手元に残っていた三つの鱗を北条の旗紋にしたといいます。
江島神社の社紋はそれに因み考案。成立年は不肖ながら、鎌倉幕府の加護を示すものとして、信仰を集め続けたといいます。
また神社内には、北条政子が奉納した神鏡が奉安殿にて公開されています。

【長後天満宮(ちょうごてんまんぐう)】
渋谷重国の祖父である河崎基家が、居館の一角に天満宮を祀ったことが神社の始まりと伝えられています。
この天満宮の北側には長後天神添北遺跡・長後天神添南遺跡という2つの遺跡がありますが、そこからは鎌倉時代の遺物や武士の居館の一部と考えられる堀が見つかっています。渋谷重国は石橋山の合戦では平氏側につきましたが、裏では頼朝のために動いた鎌倉時代草創期の武士です。
祭神は菅原道真公。元はこの地を支配していた渋谷氏が居城の中に作った社であったといわれ、周囲で空堀の跡も見つかっています。境内の石灯籠は旗本朝岡丑之助が寛永19年(1642)に寄進した当時の面影を残している貴重なもので、市の指定重要文化財とされています。貞亨3年(1686)に奉納された社裏手にある狛犬も、市の指定重要有形民俗文化財となっています。

【大庭城址(おおばじょうし)】
江戸時代の頃から地元では大庭城は大庭景親の館を太田道灌が改修し城郭としたという伝承があります。
扇谷上杉氏の築城と考えられています。城主で判明している人物は扇谷上杉朝昌。四方を見渡せる台地にあった大庭城は、15世紀に太田道灌により修築され、その後、小田原北条氏によって改修されました。今でも周辺には、裏門、二番構、駒寄など城に関した地名が残る。公園内はアスレチック広場や散歩路が設けられ、市民の憩いの場として親しまれています。

【宗賢院(そうけんいん)】
永正2年(1505)、虚堂玄白大和尚により開創された曹洞宗寺院。近隣の17末寺を治めた地方本地だった。本堂隣の龍骨は、その昔周辺の村が干ばつになった時、雨乞いの儀式で祀ると必ず霊験があったといわれるものです。
大庭景親が所蔵したと伝われる茶釜があります。

【白旗神社(しらはたじんじゃ)】
祭神は寒川比古命、源義経公です。創建年代は不明ですが、相模国一ノ宮寒川神社を歓請しました。文治5年(1189)、義経の首実検の跡、怨霊に苦しめられた源頼朝が、首塚からほど近い亀尾山に社を建てたのが始まりともいわれています。現在の社殿は天保6年(1835)に落成し、昭和56年に(1981)に社殿の腐朽により大改修が行われました。典型的な流権現造りです。6月13日に源義経公鎮霊祭が、7月15日~21日に白旗祭が、10月28日に湯立神楽が行われるなど年間を通してさまざまな祭事があります。湯立神楽でおこなわれる「笹の舞」は、沸騰したお湯に笹を浸し、参拝客の頭上に散らし、受けたものは無病息災になるというものです。
6月13日には源義経の霊を鎮める「源義経公鎮霊祭」が、10月28日には藤沢市重要無形民俗文化財である湯立神楽がおこなわれています。
境内には令和元年(2019)に源義経・武蔵坊弁慶主従の銅像が落成しました。

【義経首洗井戸(よしつねくびあらいいど)】
源頼朝に鎌倉を追われた源義経は奥州平泉に逃げていましたが、文治5年(1189)に藤原泰衡の裏切りで、衣川の館で自害したといわれています。
鎌倉に送られた義経の首は、首実検の後に片瀬の浜にうち捨てられましたが、首は潮にのって境川を遡り漂着し、この首を村人がすくいあげ、この井戸で洗い清めたという伝説が残っています。
以前は、鳥居が建てられ義経の首を祀った首塚、近くには武蔵坊弁慶の首塚もあり庶民に信仰されていました。

以上、今回も引き続き、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のゆかりの地のスポットの内神奈川県藤沢市のスポットを神奈川編④としてご紹介しました。
最後までご覧いただきありがとうございました。